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ホールスラスタにはいろいろな種類があります.

種類TYPE

マグネチックレイヤ型

マグネチックレイヤ型

 マグネティックレイヤ型は加速チャンネル長さが加速チャンネル幅よりも長く,チャンネル壁はセラミックで絶縁されている.壁面へはイオンと高エネルギの電子が衝突し,低エネルギの二次電子が放出される.磁力線に沿って電子は動きやすいため,このプロセスが起きやすく,低エネルギの二次電子に置き換えられるため,電子温度は適度に低く抑えられると言われる.現在のホールスラスタの大部分はこのタイプである.
 日本においては東京大学,大阪大学,東北大学,大阪工業大学,名古屋大学,岐阜大学,九州大学など様々な大学で開発されてきており,またIHIや三菱電機においても開発が進められた.


アノードレイヤ型

アノードレイヤ型

アノードレイヤ型はチャンネル長さがチャンネル幅よりも短く,チャンネル壁は導電体で出来ており,陰極電位に保たれている.チャンネル壁は磁極を守るためガードリングと呼ばれ,耐スパッタ性に優れた高配向性グラファイトやSUSで作られており,加速チャンネル長も短いため,マグネティックレイヤ型よりも寿命は長いと考えられている.チャンネル壁が陰極電位に保たれているために電子は壁と衝突せず陽極に向かい,陰極と陽極の電位差は陽極近傍の薄い層に集中して現れる.この薄い層はアノードレイヤと呼ばれその厚さは電子のサイクロトロン半径のオーダーであり,イオンの加速はほとんどその中で行われると考えられている.壁面との衝突による電子のエネルギーロスがないため電子温度は高く ),電離しにくい酸素やアルゴンでもある程度の性能が期待できる.また,例として同じパワーレベルのアノードレイヤ型スラスタ(D-55)とマグネティックレイヤ型スラスタ(SPT-100)では,チャンネル外径がそれぞれ75mmと100mmと,アノードレイヤ型のほうがサイズは一回り小さい ).これも衛星に搭載する上で利点となる.このようにマグネテッィクレイヤ型と比較して様々な利点があるが,一方で安定な作動範囲が狭いという欠点がある.このために宇宙での作動実績はマグネティックレイヤ型に遅れをとっており,RHETT2/EPDM(Russian Hall Effect Thruster technologies 2/ Electric Propulsion Demonstration Module)においてD-55ベースのTAL-WSFによる600 W, 10分間の繰り返し作動を行った程度である ).このためマグネティックレイヤ型以上に安定作動可能な作動範囲を広げる必要性に迫られているこの作動安定性にホローアノードと呼ばれる陽極形状が寄与していると言われている.
 日本においても東京大学,九州大学が2 kW級を,大阪大学,大阪工業大学が1 kW級のアノードレイヤ型を三菱電機(USEF)が4.5 kW級のアノードレイヤ型をすでに開発済みであり,性能もロシアのスラスタと遜色ない.


エンドホール型

END

 カウフマン博士によって考案されたホールスラスタ.壁面での損失を低減するために内側の壁面をなくした構造をとる.これはマグネチックレイヤ型と比べて,同じ放電室直径であれば放電室体積/放電室面積比(以降Volume-to-Surface ratio: V/S比と呼ぶ)が大きく, さらに中心コイルが放電室に囲まれていないため壁面損失・過熱の抑制を期待できる. しかしEnd-Hall Thrusterはノズル状磁場を持っておりその強い軸方向磁場成分により径方向の電場が発生し, 推力には直接寄与しない半径方向へのイオンの加速が起こる. またこの推進機は放電室材料として金属を用いているため, セラミックスを用いているSPTのような二次電子放出によるプラズマ冷却効果が小さく, SPTと比べて推力に寄与しない陽極へ流入する電子電流が大きくなり、放電電流が大きくなった. これらの結果, End-Hall Thrusterの推進効率は低い(20%以下)ものに留まった


シリンドリカルホールスラスタ

CHT

 マグネチックレイヤ型とエンドホール型はいずれも一長一短があり, そこでこれらの長所を組み合わせる試みが2000年プリンストン大学プラズマ物理研究所のRaitsesらによってなされた. この推進機はCylindrical Hall Thruster(CHT)と名付けられ,右図)に示されるようにEnd-Hall Thrusterに類似したノズル状磁力線形状をもち,セラミックス製放電室を有している. 放電室は円環状断面部, 円形断面部の二つの部分を持つ.End-Hall Thrusterの放電室は円形断面部のみで構成されている. CHTは短い円環状断面部と比較的長い円形断面部で構成されている. セラミックスによるプラズマ冷却作用により放電電流を小さくすることができ, 結果として放電室口径9cmのCHTはEnd-Hall Thrusterに比べて比較的高い推進効率(~38%)を達成している.
 日本においても大阪大学,大阪工業大学,東京大学で開発が進められ,現在大阪大学においては月探査のための小型探査機の主推進機として開発が進められている.

物理的側面

二つの違い

 マグネティックレイヤ型とアノードレイヤ型の分類は,内部のプラズマ構造によっても分類がなされた.これはA. V. Zharinov らの行った定常理論解析に基づくものである.この理論解析は,ホールスラスタの内部について,全領域において準中性を仮定せずにPoisson 方程式を基礎式とし,これに電子の連続の式,定常状態における電子の運動方程式,および電位に電子温度が比例するとの仮定から電位分布を求めたというものである.これによると,電子温度が低い際には全領域において電位分布が連続かつ滑らかであり,一方で,電子温度が高い際には,陽極付近にて準中性が崩れ,電位の急勾配の存在を予言している.これは前者がマグネティックレイヤ型,後者がアノードレイヤ型と分類せしめる特徴である,という解釈となる.
 左図 の推進機の下に示した電位分布は,この解析によって予想された電位分布である.アノードレイヤ型の陽極付近に出現すると言われるこの薄い層はアノードレイヤと呼ばれ,分類上の名前の由来となっている.その厚さは電子のサイクロトロン半径のオーダーであり,イオンの加速はほとんどその中で行われると考えられている.
 これら2つのホールスラスタは,実機搭載の上では性能面から,アノードレイヤ型の方が利点が多い.上述の通り,アノードレイヤ型ホールスラスタは,壁面への損失が少ないため,マグネティックレイヤ型よりも高効率を望める.実際,両者の性能を比較すると,同じパワーレベルのアノードレイヤ型スラスタ(D-55)とマグネティックレイヤ型スラスタ(SPT-100)では,D-55 の方が効率は高いことになる.また,推力密度も高く,この2つを比べても,チャンネル外径がそれぞれ75mm と100mm と,アノードレイヤ型のほうがサイズは一回り小さい.