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作動原理

教育方針イメージ

イオンエンジンの概念図を右図に示す。イオンエンジンはアーク放電やマイクロ波などで推進剤を加熱・電離させてプラズマを生成し、2枚ないし3枚からなる多孔状の電極に1000 V程度の高電圧を印加させてイオンを加速するという静電加速型の推進装置である。イオンエンジンは主に3つの領域から構成されている。

① 推進剤を電離するイオン生成部 (Ionization)
プラズマを生成します

② 生成されたイオンを静電的に加速して推力を得る加速部 (Acceleration)

スラスタの前面に設置された複数枚枚のグリッドに正と負の電圧を印加し、その電位差によってプラズマ中のイオンだけを引き出します。イオンエンジンはイオンのみを抽出するため、衛星は短時間で負に帯電し、イオンビームが逆流するなどして推力を発生させることすらできなくなってしまいます。
③ 放出されたイオンビームを電気的に中和する中和部 (Neutralization)

そこで中和器から電子を放出することでイオンビームを中和化します


プラズマ生成

目標イメージ

イオンスラスタはプラズマの生成方法によって直流放電式,RF (Radio Frequency) 誘導放電式,マイクロ波放電式等に大別されます。実用化されているもので代表的な直流放電式はNASA(アメリカ航空宇宙局)のDeep Space 1(1998年打上げ),マイクロ波放電式は宇宙科学研究所(現宇宙航空研究開発機構)のHAYABUSA (2003年打上げ)があります.

直流放電式
現在イオンスラスタの主流となっている直流放電式イオンスラスタは,酸化バリウム等を含浸させた多孔質タングステンを内部物質とした陰極 から電離電圧以上のエネルギーを持った1 次電子を放電室内へ供給し,中性粒子 (推進剤) と衝突させてプラズマを生成します。

マイクロ波放電式
マイクロ波放電式とはマイクロ波帯域の交流電界で電子を加速し,この電子が中性粒子と電離衝突してプラズマを生成,放電を維持するというものです。このマイクロ波放電式をイオンスラスタに採用することで以下のようなメリットが得られます。

① 放電用電極を必要としないのでスラスタの長寿命化と構造の簡略化が可能
② マイクロ波がその電力を伝送する際に基準電位を必要とせず,DC 絶縁が容易に行えることから単一マイクロ波源による,互いに電位の異なるイオン源・中和器プラズマの同時生成が可能
③ 予備加熱が不要なので,スラスタの迅速なスタートが可能

本研究室ではこのような特長を持つマイクロ波放電式イオンスラスタに注目して開発を行っております。マイクロ波電源の性能が直流放電に比べて劣っていることもあり,推進性能の向上にはマイクロ波から電子へのエネルギー伝達効率を上げることが不可欠です。そのため放電においてはECR (Electron Cyclotron Resonance:電子サイクロトロン共鳴) を利用し,電子の加熱効率を上げています。


ビーム引き出し

プラズマは正イオンと電子の密度が等しく,正と負の空間電荷量が釣り合った電位的に安定な状態にある。プラズマの空間電位に対して負の電位を持つ電極が存在すると,空間電荷のバランスが崩れ電子は反発されて正イオンの空間電荷だけが存在するシースが形成される。プラズマ中の電子はイオンに比べて移動度が大きく,エネルギー分布を持っているため,イオンがプラズマから取り出されるときにはイオンはFig.2-2 に示すような遷移領域を経てからイオンシース領域において加速される。このとき,プラズマから取り出されるイオン電流量のことをイオン飽和電流と呼ぶ。イオン飽和電流密度 J_piはイオンシースが安定に存在する条件 (Bohm の条件) から求めることができ,以下の式で表される。
このようにプラズマからのイオン放出能力はプラズマ密度と電子温度の平方根に比例する。ただしプラズマからイオンを引き出す場合,イオン自らがもつ正の空間電荷により電界が変化し,その電界がイオンビーム電流量を制限する。引き出されるイオンビーム量における,イオン引き出し系の空間電荷とプラズマ源でのイオン放出能力の関係を示す。この空間電荷に制限された電流値のことを空間電荷制限電流値といい,イオンシース領域において,電流密度J_0 と電極間の印加電圧V_0 を用いて以下のような関係式がある。


この式はChaild-Langmuir の式と呼ばれ,荷電粒子ビームの加速進行方向に対して輸送する場合の最大電流密度を表す。単孔から引き出し得る最大イオンビーム電流は,理想的には引き出し電圧の3/2 乗に比例して増加する。しかし,イオンは質量が大きいために速度が遅く,空間電荷効果の制限を受けやすい。また,与えられた電極間隙に対して絶縁破壊電圧が存在することなどから,その上限値が存在する。そのため多量にイオンビームを得たい場合は,引き出す孔の数を増やせばよい。2 次元的に孔数を増やす方法が多孔電極引き出しであり,孔の数倍だけ電流を増すことができる。
イオンスラスタにおいて,イオンビームの引き出しはプラズマ生成部で発生した正イオンを静電界によって加速することによって行われる。引き出し部はプラズマに接するスクリーン電極と1 mm程度の短い間隙で平行に置かれる加速電極および減速電極で構成される。場合によっては,減速電極を用いない2 枚電極システムで構成されることもある。各電極には内径1~3 mm程度の孔が多数あけられ,その開口率 (孔の総面積が占める割合) は,スクリーン電極で約70 %,加速電極で約25 %,減速電極で50~70 %程度である。イオンビームの下流領域には中和器から放出された電子やイオンとスラスタから漏出した中性粒子との電離反応で生じた電子が存在し,ビームプラズマと呼ばれるイオンビームと,それを取り囲むようにプラズマが存在した状態が形成されている。これらの電子が引き出し部を通ってプラズマの生成部へ逆流しないように,負の電位領域を形成している。この役割をするのが加速電極である。

中和

イオンビームの中和はイオンスラスタ本体より外側に配置された中和器によって行われる。イオンスラスタが正イオンのみを噴出すれば、スラスタやそれを用いる宇宙機は負に帯電するため、イオンは再び引き戻されることになり推力発生は不可能となる。このため、噴出したイオンと同数の電子を放出する必要があるが、その電流量は中和器やビームプラズマの電位のわずかな高低の変化によって、自動的かつ自然に行われ、特に積極的な制御を必要としない。また、外部へ放出される電子電流に対して内部壁面において電荷の補充がなされる。
 現在、中和器として主にホローカソードと呼ばれる中空陰極が使用されている。ホローカソードの出口付近にはオリフィスが設けられ、ガス消費を小さくしてかつホローカソード内部のガス圧(数 Torr)を維持する目的を担う。熱電子放出電極にはバリウムを含有する化学物質を使用し、900~1000 ℃程度の高温に維持して初めて熱電子を放出する。作動前には、外部ヒーターによって加熱されるが、いったん作動されると自己発熱にゆだねられる。作動が長時間にわたると熱電子放出材が損耗し、カソード内部上流にできるバリウム化合物の堆積層が電極を覆うため熱電子放出率が落ちてくる。一方、作動中に堆積するバリウム化合物のため、スラスタのON/OFFサイクルによって度重なる熱衝撃が加わるとヒーターの断熱故障が起こりうる。また、バリウム化合物電極は大気暴露や推進剤含有不純物により性能が損なわれるため、取り扱いに問題を伴う。
 マイクロ波放電式中和器は、イオン源と同様にECR加熱等でプラズマを生成し、中和を行う。この方法は、マイクロ波放電式イオンスラスタと同一のマイクロ波源を用いるので、エンジンシステムの簡素化が可能で信頼性も向上できる。この電源数の削減は、特に小型衛星において重要である。マイクロ波放電式中和器は既述した「HAYABUSA」に搭載されており、電流値及び耐久性は実証されている。